昭和五十七年十月九日 朝の御理解


御神訓 信心の心得 「雨が下に他人ということはなきものぞ」


 昨日、南米のサントマイロの、元ここでしばらく修行しよりました鶴田さんという方がおられました。その方の奥さんから手紙がまいりました。
 もう本当に、今まで主人の信心を通して、主人の信心は間違いとばっかり思うておりましたが、月に一回ずつ、末永先生のお話しを頂くうちに、合楽から出ておる御本を繰り返し繰り返し読ませて頂いて、もうとにかく御理念の有難さ。素晴らしさ。私のような者にも、主人の信心の真価を分からせてもらうようになり、もう本当にこういう御教えをブラジル国の人達にも分かるように、ブラジル語で御本を出して頂くようになったら、どんなに沢山の人が助かるようになるだろうかという意味の手紙でした。
 もう生々と、その御比礼の模様を書いてきとります。もうとにかく、身がしびれるようなおいさみを頂く中、もう合楽と同じような働きが起こっておること。合楽の神様は、言うなら、それこそ天が下に他人ということはない。もう天が下のどこ、どういう僻地にまいりましてもね。天地金乃神様をそこに現す。頂くことが出来る手立てが説いてあるのが合楽理念だと思いますね。
 これも、昨日、末永先生達の学院での同期の人達が、何か御本を出しております。その御本に末永先生が投稿しとります。それを昨日読んでもらったんですけれども。
 とにかくその南米の地で布教させて頂いとる、生々とした御比礼の模様を書いて。ただ、この度、ロンドニアの分教会にまいりまして驚いたことは、もうそれこそ、別に神様をお祭りしているわけではなし、紋付袴を着けてる先生がおるわけではない。ただ合楽の生神金光大神様、合楽の生神金光大神様を、お願いするだけじゃそうです。皆が。
 それで、黒人であろうが、日本人であろうが、それこそ、まあだ拳銃で撃ち合いがあるような未開の地。夜なんかは、トラの鳴き声が聞こえると言ったような、まあだ所なんですけれども。ただ、合楽理念による助かりの素晴らしさを、それこそ書いて送っております。それが、記事に載っておりましたね。
 とにかく、皆さんが、日々こうやって頂いております教祖金光大神の御教えというものがね。ご理念によって、もう広く深くね。誰でもそれを行じようと思えば、天地の働きをそこに現すことの出来れる手立てを日々頂いておるのでございます。
 まあ合楽だけのものではない。問題はそれを信ずるか信じないかということね。ここでは、天が下の人間氏子をさしておられますけれども。もちろん、人間氏子と同時に、どういう僻地、どういう御国柄の所へ行っても、合楽理念の普遍性というものはね、もうどういう所にでもしみ込んでいけれる内容を持ってるんだとね。信仰の普遍性ということが言われますが。私は教祖金光大神の御教えぐらい普遍性に富んだ、人間が特に、なら御理念がこうして説かれるようになって、人間が人間らしゅう生きながらね。それを頂いて行けれる。
 昨日は伊万里から、こんな見事な、小さいかごに、しだをいっぱい入れて。そして、松茸が、大きいのと小さいのと二本入っておる。珍しい。あちらの、伊万里でまあ取れた松茸でございましょう。それを、ここで御取次させて頂きよったら、『しだが生き、松茸が生き』と頂いたんです。今までは「しだ」というのは、もう、死んだ田というふうに、もう種をまいても生えないというふうにね。
 それを、御理念によると、そのしだがね。その松茸のおかげでしだが生き…じゃない。しだのおかげで、松茸が生き、生かし合っていけれる手立てが合楽じゃ説かれるんです。これは大変意味の深いことです。けれども、しだが生きるということ。これは、御理念によると、生きるという意味なんです。人間が人間らしく生きる手立てというものが本当に行じられて、頂いていけれる時に、その周辺のものまでが生きてくるという意味だとまあ思いましたがね。
 昨日、その、南米からの便り、またはその、そういう文章を読んでもらいよりまして、本当にそういう一つの確信を持った人達が世界万国、それこそ津々浦々に広がっていけれる。いわゆる人材の育成ということを私は毎日願わしてもらうんですけれども。
 言うならそれに対する手がかり、足がかりさえあればどこにでも、誰にでもが助かっていけれる。こういう尊い道を合楽では説かれておるのですから、そういう祈りが毎朝総代さん方のお届けの中にありますように、世界万国津々浦々にね。合楽理念の広がりのことを願われておりますが。
 これを一人一人が本気で、そういう願いを持って、世界中の人達がね。もっと人間らしい助かりを得ていけれる祈りを、いよいよ強くしなければならんと。各自各自がそういう一つの自覚というかね。責任においてというかね。合楽に御縁を頂いておる者は責任において、そういう切実な、そういう祈りがね、大きく広がっていかなきゃならんというふうに思います。
 昨日、たまたま南米のことを二つ聞かして頂いて、して今朝から御理解を頂いて、とにかく、合楽理念によって、もうそこには生えない。そこには「死田である」というようなところまで、生かすことの出来る手立てがね。もう実に微妙と言うかね、人間が人間らしく生きる手立てというものが説かれてあるのです。
 もう、それこそ、今テレビであっとりますね、あちら…いわゆる宗教戦争ですね。キリスト教、それから何とかというの、もう悲惨なニュースが毎日並べておりますが。本当に教祖金光大神の信心が、本当に徹底して世界万国津々浦々に広がっていったら、その時こそが本当に世界真の平和だということになります。世界真の平和はあらゆる宗教が願います。また、お互いも願っております。けども実際にそれを実験してみて、実証が現れる私は教えというものはないと思うですね。
 今ロンドニアにおいても然り。サントマイロにおいても然りね。いわゆる、御理念の素晴らしさを実証しておる様子を聞かしてもらって、いよいよ、これが広がりに広がって行く。おかげを頂くうちにね。合楽に御縁を頂いておる人達が、その責任において、その祈りを強く、いよいよ、大きなものにしていかなきゃならんということを、あらためて思います。
どうぞ